失われた欠片のための子守唄

Lullaby for the Lost Pieces

ぼくたちは、気がついた時にはもうこの世界にいて、生きています。生きているのに、それが始まった時のことを覚えている人はいません。これは考えてみるととても不思議なことのように感じます。

長女が生まれる前の日、不安で眠れませんでした。こんなに未熟な自分が、果たして父親なんかになれるのだろうか。ちゃんと養えるだろうか。何をしてあげられるだろうか。

翌日、やり遂げた妻と、まだ目も開かない娘の顔をみて、ぼくは号泣しました。それまで張りつめていた気が緩んでしまったのでしょう。そのとき、ようやく気がつきました。ぼくが願っていたのは、妻と娘が無事であること、ただそれだけだったのです。

ぼくは、ぼくの父と母もまた、ぼくが生まれた時に同じことを感じたのではないかと思っています。でもぼくはそれを覚えていない。ぼくの最初のピースは、ぼくの中から失われてしまった。けれども、自分の子供が生まれることで、そのぽっかりと空いたところを埋めることができたように感じるのです。もしかすると、ひとはみなそのように、生まれながらにしてなにかを失って生きているのかもしれません。